四季中心の観劇ブログ、時々「競馬」と「デジイチ」に「関ジャニ∞」ネタ。
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寿初春大歌舞伎夜の部② 十ウン年は一昔、な後半

歌舞伎好きが使う言葉の一つに「○○じじい」と言うのがある。
一番有名なのは「菊吉じじい」。
「菊」は六代目菊五郎、「吉」は初代吉右衛門、共に当代(七代目菊五郎と二代目吉右衛門)のおじいさんにあたり、昭和初期の名優と言われた方々である。
そんな名優をリアルタイムで観られた大先輩方は、今の歌舞伎を観て物足りなさを感じるとおっしゃるわけですよ、「六代目の○○はああだった」「播磨屋の○○はこうだった」と。
私は実際に聞いたことがあります。
それも学生時代に、年配のご婦人から。
その時は「参りました」としか言いようがありませんでした。

「俺はこんなに凄い人を観たんだ」と熱く語る人々、それが「○○じじい」。
歌舞伎以外でも覚えのある方いるでしょ(笑)?
何故こんな話から始めたかと言うと、夜の部後半で私も「紀伊国屋ばばあ」になりかけたから。
しかし今回は福助丈にいい意味で泣かしてもらいました。



【鏡獅子】
勘九郎が勘三郎になってから初の鏡獅子…と言うのが売りでもあるらしい。
実はこれを知ってビックリした。てっきり襲名披露でやったと思っていたよ。
それぐらい私には「中村屋と言えば鏡獅子」のイメージが強かった。
さて中村屋5年ぶりの鏡獅子はどうだったかというと。…いいねえ!
前半は小姓、後半は獅子の精と両極端な扮装、性根がどちらも見応えがある人はそうそういないだろう。
もっともご本人曰く、「最近になってようやく無心に踊れるようになった」だそうで(筋書に載ってました)。もう五十を過ぎているんだっけ?こう言う話を読む度に、歌舞伎の奥深さを感じる。
それと最初に引っぱり出されて嫌々ながら踊るところが難しいそうで、「テクニックではなく、気持ち」とも語っている。
しかし気持ちができたうえに確かなテクニックが加わればこれほど無敵なものもないわけで、しかも歌舞伎役者の五十代は男盛り(女盛り?)と言っても過言ではない。
一番いい時期の中村屋の鏡獅子を観たなあと思う。
そして中村屋は鏡獅子と言う役をどれだけ大切に思っているか、そんなことまで感じた。
…将来「勘太郎七之助の鏡獅子が良かった」と言う若者に、「おとっつぁんの鏡獅子は良かったわよ~」としたり顔で言う「ばばあ」な私が見えたぞ(笑)。

【切られお富】
これを観るために夜の部のチケットを取ったと言っても過言ではない。
今を去ること十ウン年前の1月、国立劇場で人生初の歌舞伎を観て猛烈な衝撃を受けたが、その時かかった演目の一つが「切られお富」だった。
そしてそのお富をやっていたのが亡くなった九代目宗十郎(以下「紀伊国屋」)。
以来人生初のごひいき役者ともなった。
そんな思い出深い演目だが、「源治店」と違ってこちらのお富さんは役者を選ぶ役なので近年かかっていなかった。
自分が観始めてからのことを言うと、紀伊国屋が1回、猿之助が1回やったぐらいしか記憶がない。
だから今回福助丈で「切られお富」がかかると知った時、「引きうけてくれてありがとう」と思った。

さて昔話はこれぐらいにして、今回のお富である福助さんのお話。
この人を初めて観たのは福助襲名披露の時(つまり梅玉襲名と同じ興行)、「金閣寺」の雪姫と「道成寺」の花子だったが、その時の印象は「声がキンキンしすぎ!うるせえ!」だったのです。
以来しばらく苦手だったが、いつだったかな苦手意識がとれたのは。
…あれだ、5年ほど前の「大物浦」の典侍局(すけのつぼね)だ。
ものすごい迫力だった。この人はバイタリティのある役の方が向いているのかも、とは今になって思う。

そんなワケで期待半分不安半分で幕が開いてみれば。
まずは薩埵峠(さったとうげ)の場の前に赤間妾宅の場が入るのがいい。
※「さったとうげ」の「た」の部分は土へんに「垂」の字。WindowsXPでは手書きでないと入力できなかったので、Macや携帯では文字化けもしくは表示されていないと思います。注釈まで。
この場があると後のゆすりのところが俄然面白くなる。
それにここで妾姿のお富を見ておくと、その次の場の傷だらけでガラの悪い口調のお富とのギャップが本当に面白い。
福助のお富はこのあまりの変貌ぶりがとても良かった。大成駒も草葉の陰でビックリしてるんじゃなかろうか。
それと傷だらけの姿になってからの声がおやじさん(芝翫)によく似ている。いやーこんなに芝居っ気のある人だとは思わなかった。
赤間屋に乗り込むあたりからがもっといい。
「もし旦那、お久しぶりでございましたねえ」は独特の言い方が伝わっているそうだが、型とか気持ちとかそれ以上の「何か」を感じた。

「切られお富」一番の見せ場、「ゆすりかたりは言わねえでも…」は圧巻だった。
通常はこの後に「いずれも様がご存知だよ」と続くのだけど、今回は違った。
「新年早々歌舞伎座のいずれも様がご存知だよ」と続いたのです。
しかも「新年早々歌舞伎座の…」で福助が3階席にまでアピールするように声を張り上げましてね。これには劇場中から大拍手が起きた。

紀伊国屋はこんな風に客席を巻き込むのが得意だったなあ。
この台詞が福助のアイデアなのか今回の台本に元々あるものなのかはわからないが、いずれにしても懐かしくなった。懐かしさのあまり無性に泣けてきた。容姿や声の質は全然違うのに不思議だ。
聞けば生前紀伊国屋は福助に切られお富をやったらどうかと勧めていたそうだ。奇しくも今月は紀伊国屋の七回忌。だから思った。
歌舞伎座のどこかに、いや舞台の上に紀伊国屋がいるんじゃないかと。

ちなみに通常ならお富と捕手で華やかに立ち回りして絵面の見得で終わるところ、今回はお富と蝙蝠安の立ち回り後「本日はこれぎり」のご挨拶で終わり。
これからも切られお富をやってねと心の底から願いながら、最後まで福助の役者っぷりに敬服した一幕でした。

そんなワケで1月7日は1日で合計3回泣いて帰宅したのでありました。帰宅したのは午後11時近く、さすがに疲れたが「拭いたくない涙」なら何回流してもいいなあと思った1日でした。
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by piramasa | 2007-01-21 10:47 | 芝居感想